プロフィール
.jpg)
池田 弘志
出身中学 錦ヶ丘中学
卒業年・回次 昭和51年・高28回
勤務先 (定年退職時)大阪市役所
役職 (定年退職時)此花区副区長
職種 一般事務職
資格 特に無し
経歴
1976 年 熊本高校 卒業
1980 年 大阪市立大学 法学部 卒業
1980 年 大阪市役所 奉職
2018 年 定年退職
2018 年 フリーランス (ケイ企画)
私はこんな人
こちらをご覧ください。
ケイ企画のホームページ
https://kei-kikaku.ivory.ne.jp/
私がアドバイスできること
仕事をできるだけ先延ばしにしたり、できない理由をいくつも数え上げる技。(そういう人間を追い詰めるのに応用できる。)
言い訳の達人になる技。(かなり正確な業務分析や経営分析が出来ないと、言い訳の達人にはなれない。)
私の就職活動
・なぜ、その業界を選んだのか?
大阪市立大学の法学部では、大学4年の夏に大阪市役所か大阪府庁の採用試験を受けることが当たり前のような雰囲気があった。
成績が悪かった私も、まあ周りのみんなも受けるのだからと試しに受験してみたら、何故か合格してしまった。
採用試験の2次の面接試験で「志望動機は?」と聞かれて、苦し紛れに「人の幸せを守る仕事だからです。」と答えたが、訳も分からず答えたその言葉が、38年にわたる公務員生活の支えになる言葉となった。
・なぜ、その会社にしたのか?
大阪市役所の方が大阪府庁よりも試験科目が少なく、初任給が高かったから。
・入社してどうだったか?
役所だから暇だろうと高を括っていたら超ハードな職場に配属され、超過勤務の嵐だった。
30代半ばまで、市役所全体の給与・労働条件を管理する部署で労働組合との交渉に明け暮れた。
基礎自治体として揺り籠から墓場までの面倒を見ながら、世界の最先端の都市経営を行っている大阪市役所で働く公務員の生活を支える仕事だと気が付いたのは、採用されてしばらく経ってからだったが・・・
・後輩へのアドバイス
30代半ばからは、博物館の建設、石油コンビナートの防災、大学の独立行政法人化、町内会等の地域活動の活性化など全く異なるジャンルの仕事に関わった。
役所はデパートみたいなもので、様々なジャンルの経験値が上がります。
精神的にシンドイ時は、「お金を貰ってるんだから仕事がシンドイのは当たり前。楽しかったら金を払わないといけない。」と考えること。